長編ドキュメンタリー映画                   2004/10/30

「多喜二の時代」製作ニュース No2

発行:多喜二の時代・製作委員会準備会

102-0074東京都千代田区九段南4-6-1九段シルバーパレス904

(有)文エンタープライズ内 TEL/FAX 03-5212-1383

赤井英和「蟹工船」を語る

 新橋演舞場で山本一力原作の「あかね雲」に出演中の赤井英和さんに「多喜二の時代」へのインタビュー出演をお願いしたところ、快諾していただき、当初は10月22日収録の予定でしたが台風直撃のため25日に延期して、無事撮影を終了しました。

 監督とカメラクルーは演舞場の終演を待って楽屋で待機。幕が下りて赤井さんが楽屋に戻り化粧を落とす場面からカメラがまわり始めました。赤井さんは疲れも見せず、監督のさまざまな問いかけに常に思慮深い答えを返し続けました。

 浪速高校2年、ボクシング部キャプテンの時・・・練習をサボった部員をしごいたため登校禁止処分となり、授業を受けられず校内の一室で数日間謹慎、その間、ボクシング部の部長先生から「蟹工船」を読めと言われ、読み進むうちに次第に夢中になっていったというエピソード・・・ハイライト部分は<映画を観てのお楽しみ・・・>にとっておきましょう。

 こんな話もありました。「<今の若い人は>とよく言われるけど、自分はそう思わない。」「いまでも浪高や近大の後輩の練習に参加するけど、見所ある奴、ひたむきな奴、素敵な奴がいっぱい居る」「自分はひとまとめにして<今の若い人たち>とは言いたくない。」・・・など、赤井さんの人柄が滲み出るインタビューでした。

10月13日「北海道・成功させる会」発足

9月13日夜、北海道の「『多喜二の時代』を成功させる会」の結成集会が札幌市内で開かれました。折から北海道ロケハン中の池田監督も駆けつけ、「今は若者は仕事がなく、大人は何時首を切られるかわからないなど、本来自分がもっている勇気を出しにくい時代です。多喜二が自分の人生と社会にうそをつくことなく生きたことを知ってもらい、少しでも社会は変えられるのだと実感してもらいたい」と抱負を語りました。

会には、北海道の各界の方々、民主団体、婦人団体、労組、法律家、映画人などが20数名が参加・呼びかけ人を代表して小樽多喜二祭実行委員長の寺井勝夫さんが挨拶しました。若い参加者の姿も印象的でした。

10月5日、北海道新聞が7段の紙面で、「多喜二の時代」の紹介特集を掲載したのに引き続き、「成功させる会」結成の記事が北海道新聞および赤旗北海道版に掲載され、北海道における映画「多喜二の時代」に対する関心は一段と高まっています。

最新カメラ・パナソニックDVX100A

 記録映画の撮影に必要な機動性を重視して、この映画は収録と編集はビデオで行い、ビデオから16ミリフィルムに変換して完成させるという方式を採用することになりました。

 テスト撮影の結果、ビデオカメラは最新型デジタルカメラDVX100Aを使用することになりました。カメラはすでにレンズ、ライト、マイク込みで特別廉価で購入、撮影も進行していますが、さらにパナソニックSSマーケッティング映像事業部の全面的な協力の下で、この映画をデモンストレーション作品とし、ヨコシネDIA(現像所)とも連携して編集機材・仕上げ工程をバックアップすること、またパナソニック主催の試写会を実施することなどが予定されています。

「構えが小さい」と大阪からお叱りの声

〜振り込み用紙を500部発送〜

大阪では、スタッフとのこれまでのつながりから、大阪中央区労連副議長の江口裕之さんに製作協力活動のセンターの役割を担っていただいています。

これまで江口さんには、趣意書100部、シナリオ100部、振込用紙100部などを送って、大阪での基礎固めをお願いしていたのですが、10月中旬、江口さんから「構えが小さい!もっと大胆に、もっと大きく呼びかけるべきではないか。追加の趣意書を100部、振込用紙は500部をすぐ送ってください。」との電話が入りました。ありがたいお叱りを頂き、もちろん早速手配しました。東京から大阪に訴えに行く機会を何とか作りたいと検討中です。

地方ロケ日程決まる

大館11/9・10、北海道11/15〜201次分)、奈良11/22・23

11月に入ると撮影はいよいよヤマ場を迎えます。

多喜二誕生の地、大館の風土・米代川などのイメージを描く秋田ロケは9・10の両日敢行の予定。

小樽を中心に北海道ロケは、<雪のない場面>と<雪のある場面>の2回に分けて行われ、雪なしの第一次分のロケを15日から20日にかけて実施する予定です。文学館や博物館の中の資料撮影も組み込まれており、ぎっしり詰まった日程です。監督以下、雪が積もらないことを祈っています。

奈良ロケは「生きている間に只一度会いたい」と多喜二が志賀直哉を訪ねた場面、直哉多喜二を誘った晩秋のあやめが池の情景を切り取ります。

はげましの言葉をそえて、募金次々と・・・

 全国各地から郵便払込が続々と届いています。払い込み用紙にはげましの言葉を添えてくださる方、電話で言葉をかけて下さる方、心のこもったお言葉にスタッフ一同感激しています。その一部をご紹介させていただきます。

「叔母(94才)が拓銀に2年間勤めた時、為替係に多喜二がいて席を同じくして働き、優しい人だったとのことです。製作頑張って下さい。」(札幌市清田区Sさん)

 「私はクナシリ島の出身ですが、父は蟹工場の現場監督でした。工場内部の写真もあります。貧者の一灯で申し訳ないが、少しのお金を送ります。」(函館市中道Oさん)「私は小樽商大の出身で元北海道高教組役員でした。商大卒の名簿で基金集めをすることを奨めます。」(札幌市白石区Kさん)

資金面では準備不足のまま製作に突入したため、ハラハラしながらの毎日が続いています。次々と届けられる募金は何よりの元気のモトです。心から感謝申し上げるとともに、ご支援の輪をもう一回り広げてくださるようお願いします。