長編ドキュメンタリー映画                   2004/9/28

「多喜二の時代」製作ニュース No1

発行:多喜二の時代・製作委員会準備会

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(有)文エンタープライズ内 TEL/FAX 03-5212-1383

そもそものことの始まり・・・

多喜二が七沢温泉で「オルグ」を執筆したこと

「蟹工船」の描写が不敬罪にあたるとして、多喜二は1930年豊多摩刑務所に収容されました。翌年釈放された多喜二が丹沢山麓の七沢温泉に逗留し、疲れを癒しながら小説「オルグ」を執筆したことは伝えられていましたが、旅館の名前は不明でした。2000年3月、地元の研究家(蛎崎澄子)がその旅館が福元館である事を突き止めます。当時18〜19歳で旅館の長女だった古根村初子さんが長い沈黙を破って多喜二の鮮烈な想い出を語りました。

地元の神奈川県伊勢原市では「多喜二ゆかりの七沢を知らせ歴史と文学をひろめる会」が発足、記念行事も盛大に開かれました。そんな中で、伊勢原市内の有志(柏木秀之、渡辺みどり)が記録映画を製作したいとして製作資金提供を申し出たことが今回の企画の発端でした。

丁度その頃映画「住井すゑ・百歳の人間宣言」の製作が進行中で、そのスタッフであったプロデューサー兼カメラマンの南文憲、監督の橘祐典に相談が持ち込まれ、<多喜二映画プロジェクト>が結成されることになったのです。

多喜二ライブラリー・国際シンポジウムに参加して

 昨年11月、白樺文学館多喜二ライブラリー主催で国際的なシンポジウムが開催され、

<多喜二映画プロジェクト>のメンバーも参加して多喜二に対する関心の新しい高まりを

痛感し、映画製作への意欲を強めました。

地方版から全国版への転換

 この時期、プロジェクトの中では、神奈川・伊勢原発信のご当地映画的な発想から全国版的発想への転換、近年の多喜二研究の成果を全面的に取り入れた決定版長編記録映画を目指すべきではないか、との論議が進みました。

池田博穂監督への依頼

 03年9月末、池田博穂監督に脚本・監督を依頼、池田・橘の共同脚本で執筆の準備作業が始まりました。池田監督は1950年秋田県大曲市に生まれ、横手高校、法政大学社会学部を卒業、山本薩夫、今井正、橘祐典などに師事、社会派独立プロの伝統を受け継ぐ演出家で、今年5月に完成したビデオ「憲法」はそのさわやかな作風が好評で現在全国に普及中です。

04年2月、小樽・墓前祭から先行ロケスタート

 今年2月、小樽での墓前祭の撮影から先行ロケがスタートしました。多喜二が海峡を越えて東京に向かうイメージシーンもフェリーから撮影しました。

製作委員会準備会発足・・・脚本は6稿・・・

 7月中旬、ようやく製作趣意書がまとまり、ドキュメンタリー映画「多喜二の時代」(仮題)製作委員会準備会が発足しました。準備会は脚本検討のための合宿を実施、6稿を重ねて、発表用の「検討台本」が9月1日ようやく脱稿しました。

1ヶ月間で、趣意書600部、脚本400部を発送

 全国の各地の多喜二祭実行委員会や愛好家、研究家の名簿を手掛かりに、9月初めから、趣意書、協賛金のお願い、脚本などの発送を開始。反響は予想を越え、<趣意書を100部送れ!><脚本が50部必要!>などの追加注文が相次ぎ、一ヶ月間で発送した趣意書は600部、脚本は400部をこえました。

全国版・決定版を目指すとは言え依然として手作りのプロジェクトです。文書類は印刷所に発注せずすべて手刷りで作成する方針で、印刷はある労働組合書記局の協力を仰ぎ、帳合い作業が追いつかなくて池田監督も加わっての作業が続いています。

いよいよクランクインへ

 10月11日から北海道ロケハン、10月25日から東京都内ロケ、11月1日から北海道第2次ロケなど、スケジュールの大枠が決まり、助監督などのスタッフ編成にも着手。

田村高廣さんのインタビュー出演決定!

 阪東妻三郎主演の名作映画「雄呂血」の映像使用と、プロレタリア文学と父・阪妻についての証言を、田村高廣さんにお願いしたところ快諾を頂きました。

小森陽一さん・井上ひさしさん、対談共演を快諾

 小森さんと井上ひさしさんに、対談形式の共演でプロレタリア文学について縦横に語って頂けないかとお願いしたのですが、両氏から早々とOKのサインが届きました。

新資料・新証人、次々と・・・

 本格的な製作準備が進行する中で、新しい資料や新しい証言者の存在についての情報が次々に集まりつつあります。

 私たちが知らなかったより若い頃の田口タキの写真の存在が判明、提供して頂けることになりました。

 多喜二の死の直後「労農葬」に参加した方でご存命の方がいらっしゃることがわかり、証言のために出演していただくことが可能になりそうです。

 その他、製作委員会にはさまざまな情報が寄せられています。私たちは臨機応変に対応して最新情報満載のドキュメンタリー映画にしたいと思っています。